古い話と新しい事

過去に縋るだけでは何にもならないが、かと言って蔑ろにしても何も残らない。
新しい事が全てにおいて素晴らしいことでは無いが、全く取り入れなければ良い訳でも無い。
というお話です。
私は社会科が好きです。
だからこそこういった話には少々入れ込むところがあります。
実際、過去を知ることは我々にとって重要な要素だと思っています。
もちろんその先の結論が如何なるものになるかはともかく、我々の存在を規定し得る何かが見つかるのかもしれません。
しかし我々は逆転不可の時の流れに乗っています。
誰もがその流れにありとあらゆる形でアプローチしている中で、ただ流れに身を任せたりしているだけでは何も生まれません。
止めてやり直すことが出来ない以上、そして無限の中の有限に身を置く以上、自ら動く他ないのです。
しかしかと言って我々の流れは突然ともなく現れたとしても、実際に過去が存在する以上、学ばなければなりません。
例えば現実の物事、川をネタにしてるので川下りをするにしても、その川の環境等の特徴や如何なる状況下でも対応出来る技術や必要な準備をしなければやれるはずがありません。
失敗すれば、死もあり得るからです。
もちろん現実の川というのは、それに比べれば優しいかもしれませんが、死に地獄を行くか生き地獄を行くか…という風に聞かれれば、あなたはどちらを選びますか?

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